美食家ダリのレストラン

2023年のスペイン映画「美食家ダリのレストラン」。

1974年、フランコ政権末期のスペイン。大都市バルセロナの一流フレ
ンチレストランを追われた料理人・フェルナンド(イヴァン・マサゲ)と
その弟・アルベルト(ポル・ロペス)は、友人・フランソワ(二コラ・カ
ザレ)のツテで海辺の街カダケスにやってくる。彼らを迎え入れたのは
魅力的な海洋生物学者・ロラ(クララ・ポンソ)と、その父でレストラン
「シュルレアル」を営むジュールズ(ホセ・ガルシア)。この街に住む画
家サルバトール・ダリを崇拝するジュールズは、いつかダリにディナー
を食べてもらうことを目標に、ありとあらゆる無謀な試みに挑戦し続け
ていた。そんな彼らの存在は、フェルナンドの料理の世界に唯一無二の
インスピレーションをもたらしていく。

画家サルバドール・ダリの住むスペインの海辺の街を舞台に、若き天才
シェフによる革命的なレストランの誕生を描いた人間ドラマ。ダリが好
きなので観た映画。フランシスコ・フランコ政権は1975年まで続いた
そう。スペインの歴史はよく知らないが、長く独裁体制だったようだ。
料理人のフェルナンドと弟のアルベルトは反政府運動に参加し、役所に
放火をしたために警察に追われることになってしまう。2人は友人のフ
ランソワからしばらく身を隠すため郊外へ行くことを勧められ、兄弟と
フランソワはダリの住む海辺の街カダケスに向かう。
兄弟はそこで、フランソワの恋人ロラの父ジュールズが経営するレスト
ラン「シュルレアル」でアシスタント・皿洗いとして働くことになる。
ジュールズはダリを崇拝しているが、店名が「シュルレアル」とは相当
なダリマニアである。物語はフェルナンドやアルベルト、ジュールズや
ロラ、フランソワたちの人間模様を中心に描かれるが、特別なことは起
きないし、ドラマティックという訳ではない。安心して観られる感じ。
スペインはあんなに風景が明るいのだろうか。太陽がキラキラ輝いてい
る。スペイン映画はいくつも観ているが、ミステリーやサスペンスや暗
い系が多いので、あまり明るいとか思ったことはなかった。
フェルナンドの作る料理がきれいでおいしそうだった。レストランには
テラス席もあるのだが、明るい太陽の下であんな料理を食べられたら本
当においしいだろうなあと思った。肝心のダリはずっと登場しないが、
ラストで後ろ姿だけ登場する。やっと来店してくれたダリにジュールズ
たちは大喜びで、純粋に「良かったなあ」と思った。ダリがテラス席に
着いてスープを飲む後ろ姿を、皆が店の中から窓に張りついて見守る姿
は感動的で、とてもいいラストシーンだった。スペインの有名な棒つき
キャンディであるチュッパチャプスのロゴをダリがデザインしていたと
は知らなかった。


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正義廻廊

2022年の香港映画「正義廻廊」を観に行った。

ネットで両親が行方不明になったことを訴えていた張顕宗(ヘンリー・
チョン/ヨン・ワイロン)が、両親を殺害したことを告白して逮捕される。
ヘンリーの取り調べにより友人の唐文奇(アンガス・トン/マク・プイト
ン)の身柄も確保され、冷蔵庫から遺体の一部が発見される。2015年に
裁判が始まり、2人がヘンリーの両親を殺害し、遺体を解体したことが
確実視されるが、アンガスは殺害を否認、ヘンリーから脅されて遺体の
解体に協力したと供述する。一方ヘンリーはアンガスと2人で殺害した
と主張し、裁判は弁護人と検察官の攻防が続く。

2013年に香港・大角咀(タイコックチョイ)で実際に起き、社会に大き
な衝撃を与えた「大角咀両親殺害バラバラ事件」とその裁判を映画化し
た法廷サスペンス。監督はこれが長編デビュー作となるホー・チョクテ
ィン。香港で大ヒットし、賞を多数受賞している。ヘンリー・チョンは
ネットに「行方不明の両親を捜している」と書き込む。その投稿が話題
になり、ついにはテレビ取材までがやってくる。ヘンリーと両親の間に
はわだかまりがあった。少年の頃、バスケットがやりたかったのにピア
ノを習わされたこと。反抗すれば父に殴られたこと。海外留学させられ
たものの、卒業した兄に比べ、自分は中退。香港に戻され、両親が買っ
てくれた不動産は兄に権利を移されたこと。
2013年、両親は行方不明ではなく、自分が殺害したとネットで告白す
るヘンリー。警察はヘンリーを連行し、ヘンリーの取り調べからアンガ
スの家を捜索。部屋には事件を示す証拠品が揃っており、冷蔵庫から遺
体の一部が発見される。2015年、ようやく裁判が始まり、センセーシ
ョナルに報道される。招集された陪審員たちは考え方も責任感も様々だ。
ヘンリーの供述はアンガスと一緒に両親を殺害、遺体を解体した。一方
アンガスの供述は家に帰ったらヘンリーが両親を殺害した後だった。協
力しないと家族に危害を加えると脅されたため、ヘンリーの命令で遺体
を解体した。IQ126と非常に頭がいいヘンリーに対して、アンガスは
IQ83で少し頭が弱い。そのアンガスに殺人ができるのかというところ
が争点となり、検察と弁護士たち、そして陪審員たちは議論を戦わせる。

実際の事件や裁判を見ているようなリアルさがあり、緊張感があった。
ヘンリー役のヨン・ワイロン、アンガス役のマク・プイトンの演技は素
晴らしく、とても説得力があった。ヘンリーが両親に対して抱いていた
不満や恨みは「殺すほどのこと?」と思う人もいるかもしれないが、自
分と兄に対する扱いの差もあるし、優秀な頭脳を持っていることなどか
ら、普通の人より物事をより深く考えていただろうし、かなり歪んでし
まったのかもしれない、と思った。「親殺し」の事情って他人にはわか
らないものだと思う。当時ヘンリーは29歳、アンガスは35歳だったら
しく、知能が高いヘンリーと知能がやや低く英語も読めないアンガスだ
が、不思議と気が合ったのかもしれない。
物語は法廷シーン、陪審員たちが話し合うシーンが中心で、その合間に
ヘンリーとアンガスの殺人シーンが何度も挟まれる。R15指定だが(香
港ではR18)大したことはない。9人の陪審員たちの議論の様子はとても
興味深い。最初はあまり乗り気ではなく、選出されたから仕方なく来て
いるという人もいたが、日を重ねるうちに皆真剣になっていき、白熱し
て意見を交わすのはおもしろかった。ヘンリーの弁護士、アンガスの弁
護士、検事もそれぞれ印象的で、二転三転する裁判の様子はとても緊迫
感があった。そして香港の裁判では裁判官や弁護士や検事は黒いガウン
を着て、中世ヨーロッパ風のカツラをかぶっている。イギリス式なのだ
と知った。
アンガスの姉や元恋人が証言台でアンガスの奇妙なエピソードを話し、
アンガスの知能では殺人は行えないと思うと話す。だがこれは弁護士に
よる印象操作だと私は思った。知能が低くても人は殺せると思う。ヘン
リー主導の元なら余計に。ヘンリーとアンガスの見た目はとても特徴が
強く、1度見たら忘れないような容姿である。ヘンリーはとても背が低
く、猿みたいな顔(失礼)で、アンガスはすごく太っている。ヘンリーは
カナダの大学に留学した時黒人の学生にいじめを受けているが、あの見
た目ならいじめられることもあるかもしれない、と思った。またそれも
ヘンリーが歪んでいる理由の1つなのかもしれない。
ヘンリーがヒトラーの信奉者だというのも不気味だった。ヒトラー姿の
ヘンリーが何度も登場するが、何となく納得してしまう。陪審員たちが
事件の現場に行って、殺人の様子を見る(皆で共有する)演出は良かった。
裁判官はヘンリーを「極めて危険で、演技性が高い人物」「他人を操作
する能力が高い」と言及している。裁判は終わり判決も出ているが、今
なお謎が残る事件なのだという。陪審員の1人がグロリア・イップで、
びっくりした。ずっと気づかなかった。グロリア・イップは若い時すご
くかわいかったが、だいぶ変わったなあ。

こういう中世ヨーロッパ風のカツラと黒いガウンを着用する。

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罪人たち

2025年のアメリカ映画「罪人たち」。

1930年代、信仰深い人々が暮らすアメリカ南部の田舎町。双子の兄弟
スモーク(マイケル・B・ジョーダン)とスタック(マイケル・B・ジョー
ダン/2役)は、かつての故郷であるこの町で一獲千金を狙い、地元の黒
人コミュニティのために、当時禁止されていた酒や音楽を振る舞うダン
スホールを開店する。オープン初日の夜、欲望が渦巻く宴に多くの客が
熱狂するが、招かれざる者たちの出現により事態は一変。ダンスホール
は理不尽な絶望に飲み込まれ、人知を超えた者たちの狂乱の夜が幕を開
ける。

ライアン・クーグラー監督によるホラー。第98回(2026年)アカデミー
賞で史上最多の16部門でノミネートされ、4部門を受賞。1932年、ミ
シシッピ州クラークスデール。第1次世界大戦を生き延びた双子の兄弟
・スモークとスタックは、シカゴでのギャング生活を終え、故郷に帰還
する。盗んだ金で廃工場を買い取り、いとこでギタリスト志望のサミー
(マイルズ・ケイトン)、ピアニストのデルタ・スリム(デルロイ・リン
ドー)、食料雑貨店を営むグレース(リー・ジュン・リー)とボー(ヤオ)
の中国人夫婦をスカウトして、ダンスホールをオープンする。サミーや
デルタが演奏するブルースに熱狂する酒場だったが、それを見つめる怪
しい影があった。
スタックはかつての恋人メアリー(ヘイリー・スタインフェルド)と再会
し、封じたはずの過去が再び動き出す。一方スモークは妻のアニー(ウ
ンミ・モサク)が信じるフードゥー(アフリカ系の民間呪術)に対して半
信半疑。そんな中、町外れに潜む吸血鬼のレミック(ジャック・オコン
ネル)が現れる。彼は先住民族チョクトー族の吸血鬼ハンターに追われ
ており、身を守るためにKKK(白人至上主義団体)の夫婦を襲って吸血
鬼化する。やがて彼らは黒人の繁栄の象徴となったクラブを標的にする。

よくわからない映画だった。アカデミー賞史上最多ノミネートというこ
とだが、どの辺りにおもしろさを感じればいいのかな、と思った。前半、
クラブを開店するまでが非常に長く、映画の半分くらいを使っていたの
ではないかと思った。黒人差別問題や音楽や宗教について描かれていて、
ちょっと退屈だった。何映画?という感じ。前半はホラーではない。ク
ラブを開店してから雰囲気が変わってくる。それでも開店初日の歌とダ
ンスの熱狂の中、スタックとメアリー(白人)の因縁や人々の愛憎が描か
れていたりと、少し人間ドラマ風でもある。
やがてレミック率いる吸血鬼たちがクラブを襲撃し、町は地獄と化すの
だが、ここでやっと「バンパイア映画なのか」とわかる。だがそれが唐
突で、どうして吸血鬼がやってきたのかよくわからない。KKKだから?
うーん。それにレミックは自分をアイルランド系だと言っていたが、こ
の物語にアイルランド人がどう関係しているのかわからない。黒人とア
イルランド人って何か関係あるのだろうか?私の理解力が足りないのだ
ろうか、とにかくわからないことが多かった。吸血鬼が登場して人間を
襲うものの、あまりホラーという印象もなかったし、どこが見どころな
のかもわからなかった。
この映画、もしかするとアメリカ人には受けても日本人にはあまりピン
と来ないタイプなのではないか、と思ったが、ネットのレビューを読む
と高評価なのである(極端に低評価の人もいるが)。私にはおもしろさが
わからなかった。たくさんの人がブルースとダンスに熱狂し、謎の吸血
鬼軍団やKKKが出てきてわちゃわちゃしているシュールな映画、とい
う感じ。ただラストだけは良かった。見どころはラストシーンなのかも
しれない、と思った。最近のアカデミー賞は第95回(2023年)の受賞作
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンズ」(全く興味
がないので観ていない)といい、有色人種に配慮しすぎなのではないか
と思った。

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パリから来た殺し屋

1972年のフランス・イタリア・アメリカ合作映画「パリから来た
殺し屋」を観に行った。

ロサンゼルス国際空港に1人のフランス人が降り立った。その男、殺
し屋ルシアン(ジャン=ルイ・トランティニャン)は、ビバリーヒルズ
のホテルにチェックインすると、拳銃を懐に車でターゲットの住む高級
住宅街へと向かう。組織の大ボスを手際良く始末してホテルに戻るが、
既に何者かによってチェックアウトされ、パスポートと航空券が消えて
いた。疑心暗鬼に陥るルシアンに、突如、正体不明の殺し屋が放つ銃弾
の雨が降り注ぐ。

ジャック・ドレー監督によるサスペンス。製作から50年以上を経て、
4Kリマスター版で日本初公開。ロサンゼルス。フランス人の殺し屋ルシ
アンは空港からビバリーヒルトン・ホテルに到着する。ロジェ・ガルニ
エという偽名でチェックインし、秘書が預けていったというブリーフケ
ースと封書を受け取った。部屋に入ったルシアンがケースを開けると、
中には多額の現金と拳銃が入っていた。ルシアンは標的である実業家ヴ
ィクター・コヴァックス(テッド・デ・コルシア)のビバリーヒルズの豪
邸に向かい、手際良くヴィクターを殺す。ホテルに戻ったルシアンは、
何者かによってチェックアウトが済まされ、パスポートやケース内の現
金が全て持ち去られていることを知る。
疑心暗鬼に駆られたまま駐車場に戻ると、車のタイヤがパンクさせられ
ていた。すると突然、銃声が轟いた。殺し屋レニー(ロイ・シャイダー)
は、屋内駐車場に逃げ込んだルシアンを追って続けざまに発砲する。ル
シアンは買い物帰りのバーンズ夫人(ジョージア・エンジェル)の車に乗
り込み、銃を突きつけ、すぐにその場を離れるよう命じた。夫人のアパ
ートに隠れたルシアンは、パリにいる雇い主に電話をかけ、ナイトクラ
ブのエースハイを経営するナンシー(アン=マーグレット)という女に会
えと言った。

ジャン=ルイ・トランティニャン、ロイ・シャイダー、アンジー・ディ
キンソン、アン=マーグレットと仏米のスターが共演する本作だが、日
本では未公開でビデオもDVDも出ていないらしい。アン=マーグレッ
トは名前は聞いたことがあるが初めて見た。フランス人の殺し屋のルシ
アンが空港に降り立つシーンから惹き込まれる。スラリとしたスーツ姿
はかっこいい。ターゲットを始末してホテルに戻るが、何故かチェック
アウトされパスポートや現金がなくなっている。普通ここですごく動揺
するものだと思うが、冷静にフロントと話してごまかすのはさすが殺し
屋と言うべきか。
その後アメリカ人の殺し屋レニーに命を狙われ、自分が何かに巻き込ま
れていることを知る。ルシアンに銃を突きつけられ、勝手に車に乗り込
まれたバーンズ夫人は気の毒だ。以降ずっとルシアンに付きまとわれる
のだから。だがバーンズ夫人も次第に慣れてきて、何度もルシアンを家
に入れて小学生の息子と3人で割と普通に過ごしている様子はおもしろ
い。警察の事情聴取にも出向いているし。ルシアンが「ママの言うこと
を聞け」と言って息子をひっぱたいたのは驚いたが。やっぱり冷酷なん
だろうな。
レニーがルシアンを狙ってパンパン撃ち、ルシアンも撃ちながら辛くも
逃げるというシーンが何度もあるが、とてもスリリングである。往来で
撃ち合っているのだから。そしてその殺し屋同士の撃ち合いはいつも夜
ではなく白昼だ。そういう派手なところはアメリカ映画も入っているん
だなあ~と思う。舞台がロサンゼルスだし。物語は起伏が多くておもし
ろかった。ルシアンが殺した実業家の妻や息子の様子が少し変だと思っ
たが、ああやっぱりねという感じ。
ジャン=ルイ・トランティニャンは実際はどんな人なのか知らないが、
顔が冷たそうな印象なので殺し屋の役が似合うと思う。アラン・ドロン
の映画「フリック・ストーリー」で実在のギャングを演じていたが、無
表情で次々と人を射殺する姿が怖かった。アメリカの車は昔も今も大き
いと思うが、本作に登場する車は何だか平たくて長い。車のトランクの
部分も前の部分(何と言うのか知らない)も「長い」という感じ。70年
代はこういう車ばかりだったのだろうか。私が知らないだけで今もアメ
リカの車はこんなふうなのかな。


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シンプル・アクシデント/偶然

2025年のフランス・イラン・ルクセンブルク合作映画「シンプル・
アクシデント/偶然」を観に行った。

かつて不当な理由で投獄されたワヒド(ワヒド・モバシェリ)は、自分を
拷問した看守と思われる男(エブラヒム・アジジ)と偶然出会う。とっさ
に強引な手段で男を拘束し、荒野に穴を掘って男を埋めようとするワヒ
ドだったが、男のIDカードを見ると、復讐すべき相手と名前が違って
いた。男も人違いだと言う。実は投獄中、目隠しをされていたワヒドは、
男の顔を見たことがなかった。男は本当に復讐の相手なのか。確信が持
てなくなったワヒドは、ひとまず復讐を中断し、同じ男に拷問された友
人を訪ねることにする。

イランのジャファル・パナヒ監督による、第78回(2025年)カンヌ国際
映画祭でパルム・ドールを受賞したサスペンス。ある日、ワヒドが勤め
る工房に、中年の男が故障した車の修理を求めてやって来る。その男が
義足を引きずる奇妙な音を耳にしたワヒドは、血相を変えて凍りつく。
かつてワヒドは賃金の支払いを要求しただけで政治犯と見なされ、不当
に収監された過去がある。刑務所で執拗に拷問を加えてきたエグバルと
いう看守は、シリア内戦で片脚を失った男で、囚人仲間の間では「1本
足」のあだ名で恐れられていた。エグバルの理不尽な暴力によって人生
の大切なもの全てを奪われたワヒドは、その義足の男をエグバルだと確
信し、バイクに乗って彼の自宅を突き止める。
翌朝、報復を胸に誓ってバンで尾行したワヒドは、義足の男を襲撃する。
そして拘束した男を広大な砂漠地帯に掘った墓穴に放り込み、生き埋め
にしようとする。「家族がいるんだ。やめてくれ!」と叫ぶ男の身分証
にはエグバルではない他の名前が記されていた。男の必死の訴えを聞く
うちに、根はお人好しのワヒドの心に迷いが生じる。忌まわしい義足の
軋む音が脳裏にこびりついていたが、実は刑務所でずっと目隠しをされ
ていたワヒドは、エグバルの顔を見たことがなかった。
しばらく考え込んだワヒドは、ひとまず義足の男をバンの荷台の木箱に
押し込んで、書店を営む恩人のサラル(ジョルジェス・ハシェムザデー)
に相談に行く。思慮深いサラルはワヒドの軽率な行動を諫め、シヴァ
(マルヤム・アフシャリ)という女性を訪ねるように言う。カメラマンの
シヴァは、彼女の友人で結婚式を間近に控えるゴリ(ハディス・パクバ
テン)と、彼女の花婿となるアリ(マジッド・パナヒ)の記念写真を撮影
していた。シヴァとゴリは元囚人で、エグバルに深い恨みを抱いている。
しかし2人は男がエグバルだとは断定できない。そしてシヴァは元パー
トナーのハミド(モハマッド・アリ・エリヤスメール)を呼び寄せるが、
頭に血が上りやすいハミドは男をエグバルと決めつけ、殺意をむき出し
にして状況をますます混乱させてしまう。

フランス・イラン・ルクセンブルク合作だが、監督もキャストもイラン
人で物語もイランならではなのでイラン映画という感じ。監督は反体制
的な活動を理由に政府から映画製作を禁じられ、2度も逮捕、投獄され
た経験があるそうだ。度重なる政府からの弾圧を受けながらも映画を作
り続けるその姿勢は不屈の男という感じ。イランでは人々の民主的な声
が全くと言っていいほど政治に反映されないのだという。そういう国だ
と思ってはいたが、この映画を観て改めてそうなのだと思った。主人公
のワヒドは未払いの賃金を要求しただけで政治犯扱いされて投獄された
ことがあるのだ。多分そういうことはよくあるのだろう。
その時に自分を拷問していた看守への恨みは強く、「1本足」というあ
だ名のその男の義足が軋む音はトラウマとなっている。その男・エグバ
ルと思われる男を見つけたワヒドは生き埋めにして殺そうとするものの、
顔を見たことがないのと身分証の名前が違うことで、エグバルだという
確信が持てなくなる。ワヒドは多分根は気弱なのだろう。それからワヒ
ドは同様に拷問を受けた者たちを訪ねるが、誰も確信が持てない。ハミ
ドという男だけは絶対に間違いないと言って殺そうと主張するが、皆で
彼を抑える。そして男をバンの中の木箱に押し込んだまま(どうしてバ
ンの中に人間が入れるような大きな箱があるのだろう?と思った)、ワ
ヒド、シヴァ、ゴリ、アリ、ハミドの5人はバンに乗って行動を共にし
ていくことになる。
物語はロードムービーのようになっていき、深刻な話なのにユーモラス
な雰囲気でもある。私は男は人違いなのではないかと思っていて、だと
したらワヒドはどうするのだろう?と思いながら観ていた。5人のキャ
ラクターや関係はちょっとおもしろい。ゴリの結婚相手のアリなんかは
無関係なのに、ゴリがワヒドたちについていくものだから仕方なく同行
している。きっと早く帰りたかっただろうと思う。彼は義足の男に恨み
はないのだし。ゴリはずっとウェディングドレス姿であちこち移動する
ので、「あ~ドレスが汚れるな~」と思っていた。とにかく目立つし、
花嫁が往来をウロウロしていたら皆びっくりしただろう。
アリ以外の4人のエグバルへの憎しみは強い。それでも男の自白を引き
出そうとしている慎重派のワヒドとシヴァ、頭に血が上っている強硬派
のゴリとハミドは意見が衝突する。そしてワヒドは行きがかり上とはい
え男の妊娠中の妻を助けてしまうのだから驚く。お人好しにも程がある
というもの。ハミドはワヒドに呆れてしまうが、私も呆れた。終盤で非
暴力主義のシヴァが男を殴りながら罵るシーンはとても印象的だった。
そしてラストシーンは怖い。2通りの解釈ができると思うが、やっぱり
ワヒドの頭の中には義足の軋む音がこびりついているのだろうな、と私
は思った。


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プロフィール

杏子

福岡県生まれ。映画の感想を書いているおたくです。フランスを中心とするヨーロッパ映画、華流映画が大好きです。

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